三重県熊野市情報サイト |
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フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』参照 豆知識コーナー |
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| 【熊野市とは】 三重県の南部に位置し、熊野灘に面する市である。 吉野熊野国立公園内に位置し、豊かな自然と温暖な気候に恵まれる。 七里御浜の東端に位置し、中心市街地は古くからの中心である木本、かつては沼地であったが近年新しく 開発された井戸であり、この2つの市街地は連続している。かつて木本は奥熊野代官所が置かれ、 熊野地方一帯の行政の中心であった。それゆえ廃藩置県で三重県に編入された時には支庁がおかれ、 現在も三重県の熊野地方を管轄する官公庁が多く存在する。 2005年11月1日、南牟婁郡紀和町と新設合併し、新たに「熊野市」となった。 三重県の南西部、和歌山県との県境に近く、新宮市など和歌山県東部との結びつきも強い。 |
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| 【熊野古道とは】 熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道の総称。 2000年に「熊野参詣道」として国の史跡に指定され、2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの 世界遺産(文化遺産における「遺跡および文化的景観」)として登録された。 なお、その登録対象には紀伊路は含まれていない。 このような「道」が世界遺産として登録された他の例には、「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」 (文化遺産、スペイン)がある。道が世界遺産として登録されること自体はまれである。 熊野古道の遺構の特徴として、舗装に用いられた石畳が残っていることがある。石畳が用いられたのは、紀伊半島が 日本でも有数の降雨量の多い地域だからである。また、江戸時代に紀州藩により整備された一里塚が残っている個所も ある。ちなみに、熊野古道の中には、国道や市街地のルートと重複していて吸収されてしまったものもある。 こうしたことが生じるのには紀伊半島の地理が関係している。すなわち、紀伊半島の中央部は、際立った高山こそない ものの、どこまでも続く山々と谷に覆われている。このため、古来より交通開発が困難であり、交通路に適する場所は 限られている。現在もこの事情は同様であり、結果として、現代の主要な交通路は古人の拓いた道に並行し、さらには 上述のように重複することとなる。また、世界遺産に登録されたものが熊野古道の全てではないことにも留意する必要が ある。これは、熊野詣それ自体の盛衰もあって正確なルートが不明になっている区間があること、歴史的な変遷から 生じた派生ルートがありそのすべてが対象となっていないこと等による。 なお、そうした「忘れられた」ルートを再発見しようとする地元の動きもある。 |
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